相続税の当初申告において、上場株式を「最も低い価額」ではない価額(例えば課税時期の最終価格)で評価して申告した。その後、課税時期の属する月以前3か月間の最終価格の月平均額の中に、より低い価額があったことが判明した。
この場合、更正の請求によって最も低い価額に変更する(課税価格を減額する)ことは可能か。それとも、小規模宅地等の特例の適用対象宅地の選択替えが認められないのと同様に、「どの価額を用いても計算誤りではない」として変更できないのか。
更正の請求により、最も低い価額への変更は可能と考えられます。上場株式の評価における4つの価額は納税者の「選択」に委ねられたものではなく、財産評価基本通達が「最も低い価額によって評価する」と一義的に定めた評価基準です。最も低い価額を超える価額での申告は過大評価(評価誤り)であり、国税通則法23条1項1号の更正の請求事由に該当すると考えられます。
小規模宅地等の特例の「選択替え不可」の考え方は、この場面には妥当しません。両者は規定の構造が異なるためです(後述の対比表を参照)。
通達財産評価基本通達169(1)は、次のように定めています。
文末はいずれも「評価する」という義務的な文言であり、「選択できる」「評価することができる」という規定ぶりではありません。実務では「4つの価額のうち最も低いものを選べる」と説明されることが多いものの、通達の構造上は、最も低い価額での評価は納税者の選択ではなく、通達が一義的に定める評価基準です。
この通達の中で「選択」の語が用いられているのは、国内2以上の金融商品取引所に重複上場している場合にどの取引所の価格を用いるかという場面のみです。ここだけが本来の意味での納税者の選択であり、4つの価額の適用関係は選択の問題ではありません。
条文国税通則法23条1項1号は、「申告書に記載した課税標準等若しくは税額等の計算が国税に関する法律の規定に従っていなかったこと」(前段)「又は当該計算に誤りがあったこと」(後段)により納付すべき税額が過大であるときは、法定申告期限から5年以内に限り更正の請求ができると定めています。
最も低い価額を超える価額で上場株式を評価した申告は、財産評価基本通達169(1)の定める評価額を上回る過大評価です。課税実務上、財産の価額は特別の事情がない限り評価通達の定める方法により評価するものとされており、通達評価額が課税上の上限として機能しているため、これを上回る評価は課税価格計算の基礎となる財産の評価の誤り、すなわち同号後段の「計算に誤りがあったこと」に該当すると考えられます。財産の過大評価(土地の評価誤り、上場株式の月平均額の適用漏れなど)を理由とする更正の請求は、実務上も期限内であれば認められている取り扱いです。
ここで、「財産評価基本通達はあくまで通達であり、国税に関する法律ではない。通達に従わなかったとしても、法律違反や計算誤りとはいえないのではないか」という疑問があり得ます。理論的に重要な論点であるため、判例・裁決の状況を整理します。
判例通達が法規ではないという理解自体は、確立した判例法理です。最高裁昭和43年12月24日判決(民集22巻13号3147頁・墓地埋葬通達事件)は、次のように判示しています。
また、最高裁令和4年4月19日判決(民集76巻4号411頁・いわゆる総則6項事件)も、評価通達は「上級行政機関が下級行政機関の職務権限の行使を指揮するために発した通達にすぎず、これが国民に対し直接の法的効力を有するというべき根拠は見当たらない」としています。
しかし、更正の請求の法律構成は、通達を「法律」と扱うことに依存していません。国税通則法23条1項1号の後段「当該計算に誤りがあったこと」は、課税価格計算の基礎となる財産の価額の評価(事実認定)の誤りを含むと理解されており、この構成では通達の法規性は問題になりません。課税実務上、財産の価額は特別の事情がない限り評価通達の定める方法によって評価するものとされ、通達評価額が課税上の上限として機能している以上、通達評価額を上回る評価で申告した場合の是正は、評価の誤りの是正として更正の請求の枠内で処理されます。
「通達は法律ではないから更正の請求事由に当たらない」という争い方をした公表裁判例・裁決例は、調査の限り見当たりません。ただし、これは論点が不安定であることを意味しません。課税庁・国税不服審判所・裁判所のいずれもが、評価誤り(通達の適用誤りによる過大評価)を理由とする更正の請求を入口で排斥せず当然に本案審理する扱いが確立しており、そもそも争いにならないためと評価できます。
前記の最高裁令和4年4月19日判決は、「財産の価額は…客観的な交換価値としての時価を上回らない限り、同条(相続税法22条)に違反するものではなく、このことは、当該価額が評価通達の定める方法により評価した価額を上回るか否かによって左右されない」と判示しました。このため、「申告額が通達評価額を上回る=相続税法22条違反」という構成(同号前段の構成)には、特に上場株式の場合、「課税時期の最終価格はそれ自体が市場価格であり、客観的交換価値を上回らない」という反論が理論上成り立ちます。主位に据えるべきは前記の「計算に誤りがあったこと」(後段)の構成です。
他方で同判決は、「課税庁が、特定の者の相続財産の価額についてのみ評価通達の定める方法により評価した価額を上回る価額によるものとすることは、たとえ当該価額が客観的な交換価値としての時価を上回らないとしても、合理的な理由がない限り、上記の平等原則に違反するものとして違法」とも判示しており、予備的な構成として、更正の請求を拒否して通達評価額超の税額を維持することはこの平等原則に反する、という主張が考えられます。納税者が通達評価額による課税を求める地位が裁判上貫徹された実例として、課税庁が非上場株式を通達評価額(1株8,186円)ではなく株式価値算定報告額(1株80,373円)により増額更正したことを平等原則違反として取り消した事例(東京地裁令和6年1月18日判決・東京高裁令和6年8月28日判決、上告なく確定)があります。
条文小規模宅地等の特例(租税特別措置法69条の4)は、特例対象宅地等のうち納税者が「選択をしたもの」に適用される課税価格計算の特例です(同条1項、同法施行令40条の2)。申告書に適用を受けようとする旨を記載し、明細書等を添付した場合に限り適用されます(同条7項の当初申告要件)。
判例・公式見解適法に行われた選択には是正すべき「誤り」が存在しないため、より有利な宅地への選択替えを求める更正の請求は、特例適用の拡大を求めるものとして認められません(国税庁質疑応答事例、東京地裁令和6年1月25日判決・東京高裁令和7年4月16日判決(控訴棄却・確定))。
| 観点 | 上場株式の評価(評基通169) | 小規模宅地等の特例(措法69条の4) |
|---|---|---|
| 規定の性質 | 相続税法22条の「時価」の認定基準。義務的・一義的(「最も低い価額によって評価する」) | 課税価格計算の特例(租税優遇)。適用対象宅地は納税者の選択に委ねられる |
| 納税者の意思の介在 | なし(評価は事実認定・法適用の問題) | あり(申告書における選択という意思表示) |
| 当初申告要件 | なし | あり(申告書記載+明細書等添付が適用要件) |
| 高い価額・不利な選択で申告した場合 | 通達に反する過大評価=計算誤りに該当 | 適法な選択に基づく計算であり誤りは存在しない |
| 更正の請求(通則法23条1項1号) | 可能と考えられる | 選択替えは不可(後発的事由による場合を除く) |
なお、小規模宅地等の特例でも、未分割申告後に分割が確定した場合(分割の日の翌日から4か月以内・相続税法32条1項)や、令和元年7月1日前に開始した相続で遺留分減殺請求により当初選択宅地を取得できなくなった場合のような後発的事由による変更は、「選択替え」に当たらず認められる余地があります。上場株式の評価の是正とは場面が異なる論点です。
上場株式について「最終価格で申告した後に月平均額の最低額へ更正の請求」を直接の争点とした公表裁判例・裁決例は確認できていません。本ページの結論は、通達の文言構造、更正の請求の要件および実務上の取り扱いに基づく整理です。